
おはようございます。TENCHOです! 朝のジョギングが完全に習慣化しました。現場に立つ人間として、自分の身体と規律のコントロールは基本中の基本です。
本日は「苦しみの選び方」という、少し重たいけれど、現場を回す人間、あるいは「生きる意味」に飢えている人間にとっては避けて通れない話をします。
さて。
「どうせ無理だ」と言っている間にも、人は確実に老いて、確実に死にます。 これは綺麗事抜きの、ただの事実です。
でも、もっと厳しいのは—— 何も選ばなかった人ほど、あとで後悔が濃くなるということです。
「どんな苦しみを引き受けるか」が人生の正体
結局、人生も経営も、突き詰めれば苦しみの選択です。
・挑戦しない苦しみ 退屈、停滞、言い訳、自己嫌悪
・挑戦する苦しみ 不安、失敗、孤独、責任
どちらを選んでも、楽ではありません。逃げ道なんて、最初から用意されていないんです。 だったら問うべきは一つ。自分は、どちらの苦しみを選ぶのか。 ここに、その人の好みも、本質も、覚悟も出ます。
僕は「前に出る苦しみ」を選ぶ
僕自身は、完全に後者です。 未知に踏み込んで、失敗して、修正して、また前に出る。正直、何度もボコボコにされています。でも、そっちの方が圧倒的に性に合っている。
これ、ただの性格の話ではありません。経営上のポジショニングの話です。 安全圏に残る人が増えれば増えるほど、前に出る人間の価値は上がる。皆が無難を選ぶ市場では、挑戦する側に希少性が生まれる。競争優位は、案外こういう場所に落ちています。
「常識の外側」に出た店だけが市場を作る
SM.Carmaも、最初から順風満帆だったわけではありません。 そもそも、この業態自体が万人受けする世界ではない。誤解もされるし、偏見もあるし、表面だけ見て語る人も多い。
それでも、こちらは現場でずっと考えてきました。 どうすれば、お客様にとって価値ある体験になるのか。 どうすれば、キャストが安全に、誇りを持って働けるのか。 どうすれば、この店にしかない熱量と意味を作れるのか。
楽な道ではないです。むしろ、面倒なことの連続です。 でも、誰もちゃんとやりたがらない苦しみを引き受けた先にしか、店の個性も、信用も、看板の重みも生まれません。市場は、常識の内側で横並びしていても広がらない。外に出た人間が、外側に新しい席を作るんです。
「苦しみの質」を設計しろ
ここはかなり大事です。 ただ苦しめばいいわけではありません。消耗は美徳ではない。根性だけで回すのは、長く見ればただの事故です。
見るべきなのは、苦しみの「量」ではなく「質」です。
・この苦しみは未来につながるか ・この痛みは信用や資産になるか ・この挑戦は店の価値を一段上げるか ・この負荷は、誰かを守るための負荷か
ここを見ずに頑張ると、ただ削られて終わります。逆に、意味のある苦しみ(痛み)は積み上がる。 接客も、発信も、教育も、採用も、コミュニティづくりも同じです。
努力ではなく、設計。気合いではなく、構造。 ここを外すと、現場も人も、すぐに摩耗します。
「無難」は、実はかなり危ない
「安定したい」という言葉を聞くことがあります。気持ちは分かります。 でも、経営の現場から言えば、無難こそ一番危ない。
なぜなら、それは「環境が変わらない」「人の感情が変化しない」というあり得ない前提に乗っているからです。 世界は変わる。客の感覚も変わる。働く側の価値観も変わる。 その中で、自分だけ止まっていたら終わります。
だから最初から、変化を前提にした方がいい。つまり、未知の苦しみに慣れている人間の方が、結果的に強いんです。ここは逆説ですが、本質です。
「どんな苦しみなら引き受けられるか?」
最後に。 人生でも、商売でも、店づくりでも、いちばん重要な問いはこれだと思っています。
あなたは、どんな苦しみなら引き受けてもいいですか。
成功するかどうかは、その後です。 退屈に耐える人生なのか。挑戦に耐える人生なのか。 どちらも苦しい。だったらせめて、意味のある方を選んだ方がいい。
SM.Carmaも同じです。楽な道を選んで価値が残るほど、甘い世界ではありません。 だから今日も、自分たちで引き受けるべき苦しみを選びにいく。 その先にしか、本物の信用も、熱量も、利益も、残らないからです。
というわけで、今日も現場で戦ってきます。 まだ見ぬ地獄の方が、退屈よりはよほどマシです。
現場からは以上です。
本日も当たり前の事を当たり前にして、当店が営業できる事に感謝し、業務を開始していきます! 本日も良い1日を! ご安全に!









